日本剣道形修錬の必要性

剣道を考える

剣道の稽古においては体力や技の鍛錬だけでなく、理論を学ぶことも大切です。

四段以降は「指導者」の位であると言われますから、自分の中で理解するだけでなくそれを教えることができるように技能や理論を身に付け、より厚みのある剣道を目指しましょう!

車の両輪

剣道形の修錬と竹刀剣道の修錬は、剣道を修錬する上で「車の両輪」と例えられることがあります。

片方しかタイヤのない車はそのまま倒れて前に進むことができないように、竹刀を用いた稽古だけでなく剣道形の稽古にも励まなければ剣道の本質は学べないということですね。

日本剣道形のなりたち

かつて剣術の世界には様々な流派が存在しました。

それらを統合する形で制定された「大日本帝国剣道形」が現在の日本剣道形の前身となりますが、これは「各流派の優れた点を結集させたもの」とも「基本を習得するのに最も適した動きをまとめたもの」とも言われます。

いずれにせよ、戦いの技術であった「剣術」から武道としての「剣道」へと変容する中で忘れてはならない精神性を盛り込んだものであるという見方が一般的だと思われます。

全剣連のサイトにも「日本刀による技と心を後世に継承すると共に、竹刀打ち剣道の普及による手の内の乱れや、刃筋を無視した打突を正した」とあり、竹刀を用いた稽古だけでは十分とは言えない剣道修行を補完するものという色合いが強いようです。

剣道形によって学べること

竹刀剣道ではどうしても「打ちたい」「打たれたくない」といった気持ちが生じ、打突の成否に気が向きがちです。

しかし、そればかりやっていては姿勢や手の内といった基本的な要素に目が向かず、厚みのない剣道になってしまいます。

そこで剣道形を「かたちの稽古」として修錬することで、気位・目付け・構え・刃筋・体捌き・残心など、理合の根源にある要素を学ぶことができるのです。

さらに修錬を重ねることによって理解は「心のやり取り」に及び、剣道の精神性を深く学ぶことにつながります。

このようにして、運動神経を頼りにポイントを競う"スポーツ"から、相手の心を動かす攻めを探求し、人の気持ちや痛みを理解できる高い人間性を獲得する"武道"へと剣道を昇華させていくことが理想的でしょう。

剣道形を学ぶ必要のある人

では、どのような人が剣道形を学ぶ必要があるのでしょうか。

答えは当然「全ての剣道家」ですが、剣道を学び始めて間もない人とある程度習熟した人とでは剣道形が果たす役割は少し異なります。

初学者

剣道を始めて数年程度までの初学者にとって、剣道形は剣道の基本を理解するのに絶好の教材と言えます。

剣道のあらゆる基本動作をまとめて学べるだけでなく、自分の体の剣道における動かし方を研究する機会になるからです。

こういったことをある程度理解してから竹刀による打ち込み稽古を行うことで、打突部位に竹刀を当てることばかりに気が向く「あてっこ剣道」になることを回避し、さらにはより効率的な上達につなげることができるでしょう。

中級者以上

稽古を重ね、試合経験も重ねた中級以上の剣道家にとっては剣道形は「心のやり取り」を学ぶ教材となります。

もちろん幾多の試合経験の中で直感的に攻めの本質的な部分に気付けることもありますが、そういった「理合」が体系だってまとめられた剣道形を学ぶことで「なるほどこういう理屈でこのような動きになるんだな」と論理的に理解をすることができます。

年を取るごとに体の動きは衰えてきますが、このような精神面を学ぶことで一歩先の剣道に進むことができます。

実際に運動能力に大きく差がある学生と老剣士でも対等に渡り合ってしまう剣道の奥深さはこういったところがあるからではないでしょうか。

これを極めていくと「今度は剣術の流派の形を学んでみよう」というふうに新たな目標が見えてくるかもしれません。

稽古の頻度

剣道形を学ぶ重要性は上述の通りですが、皆さんは実際にどのくらいの頻度で剣道形を稽古されているでしょうか。

初学者においてはまず形や動きだけでもきちんと行えるようになってから本格的に竹刀を用いた稽古を行うべきですし、中級以上の剣道家にとっても本来は稽古の度に行うべきでしょう。

演舞などで剣道形を人一倍稽古した剣道家は「剣道形の稽古の頻度を高めた方が良い」と言うことも多く、やはり稽古したものにしか得られない何かがあるのではないでしょうか。

少なくとも、昇段審査時のおまけとして形だけ覚えるというような稽古は望ましいとは言えません。

とかく指導者の立場では自分が稽古する機会が少なくなりがちですが、竹刀剣道に匹敵する重要な稽古であることを忘れずにきちんと行うようにしたいですね。

解答例

以上を踏まえて「『日本剣道形修錬の必要性』について述べなさい」への解答例をまとめましょう。

日本剣道形はかつてあまた存在した剣術の流派を結集させたものであり、剣の操作や技といった肉体的な動きだけでなく心の動きや理合といった精神性をも修錬することができる大変優れたものである。

実際の打突そのものは剣道形の稽古では習得することが難しいが、打突に至るまでの理合をはじめ、気位・目付け・構え・刃筋・体捌き・残心といった剣道の基本的かつ重要な要素を体系的に学ぶことができることから、特に初学者においてはまず剣道形をしっかりと学び、その上で竹刀剣道を修錬することが妥当だと言える。

さらに、形稽古を行わずに竹刀剣道のみを行うことは容易であるが、それでは剣道を武道たらしめている精神性を学ぶことはできず、個々の運動能力に頼って有効打突を競うスポーツとなってしまい、これは真剣による命を懸けた戦いを源流として先人から脈々と受け継がれてきた剣道を守り伝えていくという観点からも望ましくない。

こうしたことから、現代剣道において日本剣道形を修錬することは非常に重要な意味を持ち、竹刀を用いた稽古と並行して錬達の度合いや年齢などによらず平素から修錬に努める必要があると言える。

※学科審査がレポート形式の場合などで本記事の内容をそのまま利用することは剽窃となりますので、ぜひこれを参考にご自分の言葉で考えてみてください!

この記事がみなさんのお役に立てば幸いです。

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